お正月に、昨年大ヒットした映画『国宝』を観ました。

正直に言うと、かなり胸にきました。
歌舞伎は江戸時代初期から約400年続く芸能です。
映画では、想像を絶する人生を生き抜いた人物が「人間国宝」となり、日本一の歌舞伎役者に至るまでが描かれていました。
そこで初めて、はっきり理解しました。
人間国宝とは、才能の称号ではなく「時間そのもの」を背負った存在なのだと。
実は、私の祖父の妹も人間国宝でした。

1200年前の奈良時代からほぼ変わらぬ特殊な技法の正藍染を受け継いできた染色技術。

それを、長らく日本でただ一人、守り続けていた人です。



とはいえ、子どもの頃の私にとっては、
近所に住んでいて、よく家に来てお茶を飲む「普通のおばあちゃん」でした。

工房に行くと、藍染特有の匂いがしていた、それくらいの記憶しかありません。
そのおばあちゃんは、三波春夫が大好きでした。

そして、当時国民的人気歌手だった三波春夫が、わざわざ山奥まで会いに来ていました。
理由は単純で、「その人の染めた藍が好きだった」から。
今なら分かります。
本物は、本物を引き寄せる。
けれど当時は、
「なぜそんな有名人が、こんなところまで?」
そんなことすら考えもしませんでした。
映画『国宝』を観て、ようやく腑に落ちました。
人間国宝とは、
評価されるために生きた人ではなく、
評価など関係なく、ただ技と向き合い続けた結果として、後から名前がつく存在なのだと。
ちなみに私は子どもの頃、相当なふざけん坊で、
そのおばあちゃんからはよく「庄屋の傑作」と呼ばれていました。
今、その正藍染は、ひ孫の正一さんが4代目として受け継ぎ、
変わらず、淡々と、誠実に続けられています。

人間国宝とは、
過去の栄光でも、特別な肩書きでもない。
積み重ねられた時間が、たまたま人の目に見える形になったもの。
映画『国宝』は、それを思い出させてくれました。



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